はじめに

 私が、野生植物に興味のきっかけは、高校生の時、今は廃刊になっていますが月刊誌「ガーデンライフ」の巻頭グラビアに日本に自生しているサクラソウの特集でした。その美しさと種類の多さに目をみはり、いつの日がすべて見てみたいと思いました。

 76年谷川岳の高山植物を撮影して以来、野草撮影に夢中になりました。また、当時、高尾ユースホテル(廃館)において行われた自然観察会に参加しムササビの他、四季の植物観察会に参加し、当時ユースの運営していたSさんKiさんにいろいろ教えていただき、のちムササビ観察において活躍されるOさんと知り合えました。

 83年、奥武蔵の主峰・武甲山にてTさんと偶然知り合ったことから、私の山行きスタイルは完全に切り変わりました。

 それ以前は、一眼レフカメラを購入して以来、野草には興味があり、ネガフィルムで撮影していました。が、どちらかという、百名山やピークハンター的な登りでした。

 Tさん・そして通じて知り合ったMAさんにより野生植物撮影のおもしろさ・奥深さを教えていただき、山野草撮影の趣味に、はまってしまいました。

 今までの手持ち撮影を改め、三脚をたて、ネガフィルムからポジフィルムに切り替えました。二人に同行することにより、撮影方法・構図の取り方・野草をみつけるための心構えなど教えていただきました。

 さらに、山で知り合った大ベテランのK先生も加わり、ますます野草撮影にのめり込んでいきました。そのときから結婚するまでの三年間は、ほとんど毎週、花を求めて山へ、野へ、高原へ海へ出かけていました。若さもあり毎週夜行日帰りで撮影の強行軍もしました。

 当時は、今のようにネットもなく、地方発行の植物図鑑をたよりに、やみくもに出かけ、目的の花と出会えた時の喜び、見つけられなかった時の空しさ・荒らされた自生地見ての怒り・・・繰り返しながら夢中になっていました。

 その後、結婚・子供の誕生とその成長期・受験期を迎え、店舗の改築や自営業においての煩雑さも加わり独身時代のように、数多く撮影には行けなくなりました。

 しかし、撮影を通じて新たな友人に恵まれ、(Fさん・Uさん・Yさん・Mさん・KIさん・Yさん・Nさん・Iさん 他大きく感化を受け、また多大なる便宜をいただきました。感謝の気持ちで一杯です。今は少ない休みと小遣いをやりくりして、撮影を続けています。最近は小遣いの関係上、近場ばかりですが。

 99年にパソコンを購入し、まずは、過去に撮影していた写真を保護の目的でデジタル化を考え、翌年にフィルム・スキャナーを購入。さらに、00年に仕事用のHPまるしんお米通信 を開設しました。

 そして、趣味の野草撮影の記録の証を残したいと思い、このHPを立ち上げました。はじめは、HP「らん・欄・ラン(廃止)」を無料サーバーにおいて開設しました。

 当時は、野生ランとスミレ・サクラソウの三種でしたけれど、容量の多い他の無料サーバーに乗り換え今まで撮影した全種をアップしようと思い、2002年はじめたのが、「花追い記(廃止)」です。

 さらに、CM入りの無料サーバーから有料サーバーに、05年に「野生植物花追い記」を。

 更新を重ねていくうちに、まずフィルムスキャナーが不調が気がつかず不本意な写真を掲載していたこと。そして、そのための写真の総入れ替え。

 また、08年よりデジカメ一眼が主役になったこと。(09年はデジカメ一眼、壊れたので新規購入まで一時期フイルム一眼)さらに、文章においても統一性が失いつつあり、訂正しなければならないところが、増え続けました。

 さらに、撮影地や撮影地紹介者をよりシークレットにする必要性が高まり、つたない文章上での迷惑等を考え、どうせならば、作り直したほうが早いのではと思い、09年に四回目の全面大改定にすることにしました。

 改訂中に、かなり多く間違いの箇所を気づかずにUPしていることがわかりました。恥ずかしい限りです。改訂は必要でした。

 植物の属性ならび特徴や分布は、参考書籍より抜粋しました。(とくに、分布・特徴は、山と渓谷社 野に咲く花・山に咲く花・高山に咲く花を主に参照 ランは小学館の野生ランを主に)

 原則として自生している野生植物としていますが、例外として、古くから日本の里山や農村の田園風景のなじみでもあり、風物詩でもあるゲンゲスイセンはあえて栽培品を掲載しました。

 また、ムジナモは自生地では絶滅しており、栽培下で継投保存しているのが現状。羽生市さいたま水族館で栽培されているのを掲載しました。いつの日か野生に復活したムジナモを見たいものです。なお、帰化植物は、目立つ種を掲載しています。

原則的に五十音順になっております。
また、このHPは私の撮影の記録を赴きにしており、図鑑的要素は申し訳ありませんので、期待しないでください。

年は西暦、撮影日以外の文章においては、上二桁は省略、例1990年は90年 2010年は10年。2013年は13年。

追伸
83年以前、ネガフィルムで撮影し、それをポジ(スライド)に焼き直したのもデジタル保存をしたのを追加します。かなり撮影はヘタですが、今となっては撮影に行けない花や山々の記録を残して置きたいので。

妙義山にて・ Mさん撮影。
主な使用機材
                    銀塩カメラ
Canon AE−1 A−1 F−1
FD50・100・200ミリマクロ・FD28ミリ・35ミリ、タムロン90ミリマクロ・コシナ24ミリ
FD35〜70ミリズーム

Canon EOS−1
EF50・100ミリマクロ・EF35・EF28〜105ミリ・EF200ミリ・タムロン90ミリマクロ
シグマ24ミリ・トキナー400ミリ

                    デジタル一眼
Canon Kiss Digital
Canon EOS 40D
Canon EOS 50D
Canon EOS 70D
EF50マクロ(80ミリ相当)タムロン90ミリマクロ(144ミリ相当)
EF200 F2.8  EF17〜30 F2.8 EF18〜55 F3.5 5.6 

                  コンパクトデジカメ
オリンパスT-G4


東芝ストロボ・ジッオ三脚・コンビニ半透明傘
使用フィルム・フジプロビア100・ベルビア50・その他(今では販売されていないボジフィルム)
ニコンフィルムスキャナー Nikon COOLSCAN3

05年までは、全てポジフィルムからフイルムスキャンしたものです。また全てマニァル撮影です。
83年以前はネガフィルムからボジに焼き直した物(フィルムはいろいろ使っています
83〜00年までは、主にCanon−F1 01年からは、Canon EOS−1
06年よりデジタル一眼カメラも並行して使用しています。
08年より2009年7月までデジカメ一眼 Canon 40Dを主力に使用しています。
09年8月より銀塩一眼EOS−1にて撮影をフイルムスキャナにて再び。40D水没したため。
10年よりデジカメ一眼 Canon 50Dを主力に使用しています。銀塩EOS−1 F−1は補助として使用。
15年12月よりデジカメ一眼 Canon 70Dを使用しています。 
16年よりコンパクトデジカメオリンパスT-G4 併用使用
    2005年8月15日 尾瀬沼 パナソニックデジタルカメラ 長男撮影

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